真実の「間」を領有する、選ばれし知層へ。
私の作陶の深淵には、二つの「無」が共鳴している。
極限の炎が沈黙を強いる有田の地。そして、幽玄が支配する能楽の舞台。
この二つの特異点が交差する地点に、我々の「精神のインフラ」は定礎される。
I. 秘儀の隠蔽 ── 足裏と高台の相関
能の極意、「足裏を絶対に見せるな」。
踵が浮いた瞬間、身体の軸は霧散し、聖域は崩壊する。この「仕組みを露呈させぬ無粋の戒め」は、作陶における絶対の規律である。
器の「足」である高台を削り出すとき、私の指先は能舞台の運足をなぞる。
内側へと絞り込まれた一本の線。それは、器に大地を掴む「存在の重み」を刻印し、実用という低次概念を超えた「精神の鎮静(Aesthetic Sedation)」を完遂させるための、不可逆な定礎である。
II. 正統なる転置 ── 「守破離」の階梯
伝統を盲信するのではない。伝統を「Static Archive(静的な規範)」として完結させ、その到達点の上に、自らを「Active Infrastructure(動的なインフラ)」として登記せよ。
「守」:伝統的な辰砂や青磁を徹底的に守り抜く。
「破」:極限の炎による不可逆の記録「耀変美法」へ。
これは単なる変化ではない。正統なる血統を未来へ繋ぎ止めるための、地質学的時間へのアップデートである。
III. 掌宇宙の定義 ── 華麗なる重厚
一見、華やかな釉薬の奥底。
そこには、失敗と再生という猛火の規律を通過した者にしか到達し得ない「重厚さ(Stone’s Reason)」が潜んでいる。
師より授かった「華麗かつ重厚」という定義は、掌に収まる宇宙そのものだ。
日常というノイズを「接続解除(Disconnect)」し、己の内宇宙と対峙せよ。
真右エ門窯の器は、あなたという空間の質を強制的に引き上げる「深淵の結界」となる。
陶芸哲学者 馬場 泰嘉 | Hirokazu Baba
Ceramic Philosopher / 真右エ門窯 CBO

