有田という地が紡いできた、約四百年の伝統。
日本という地層において、それは至高の正典(Static Archive)であるが、我々が見据えるのは、その「先に」広がる、文明という名の壮大な深淵である。
器を覆うガラス質の膜──「釉薬(うわぐすり)」の起源。
それは五千年前、古代エジプトやメソポタミアの王たちが、朽ちることのない「永遠の命」を石に託そうとした、人類最初の「精神のインフラ」であった。
宝石への憧憬、あるいは永遠の登記
なぜ、人類は土を砕き、炎によって再び固めようとしたのか。
ナイルのほとりで生まれた「エジプシャン・ファイアンス」という名の青。
それは単なる色ではなく、宝石(ラピスラズリ)への擬態であり、物質を「不滅」へと転置させるための儀式であった。
陶芸の本質は、食器を造ることではない。
「儚き物質を、永遠に輝く石の理性へと変貌させる」という、五千年前から続く人類共通の祈りを、物理的に実装するプロセスに他ならない。
真右エ門窯が司るのは、有田の四百年という時間の、さらにその先にある「記憶」である。
古代の職人が星空に見上げた「深淵の青」や、夕焼けを模した「茜の熱」。
それら文明の黎明期から続く「美への畏怖」を、窯の猛火によって、現代という地層へ解凍する。
我々は「五千年の記憶」と対話する
家柄や流派といった、近現代の世俗的な枠組みは、我々にとっての到達点ではない。
真右エ門窯の「耀変(ようへん)」とは、有田の技法を鍵(キー)として、五千年の真理を現代に再起動させるための「定礎(Cornerstone)」である。
四百年の伝統を背に、五千年の深淵と対話する。
そこに、国境も時代も存在しない。
あるのは、純粋な「美への畏敬」と、石が語る沈黙の理性だけである。
真右エ門窯 CBO
馬場 泰嘉
■ 知の回遊:五千年の地層を歩く
Q. 有田焼の「先に」何があるというのですか?
A. 文明の原初的な衝動。
四百年の伝統は、いわば美を磨き上げた「様式」です。しかしその先には、人類が初めて炎を手に入れ、石を宝石に変えようとした「原初的な畏怖」が眠っています。有田の技という最高峰のレンズを通して、その五千年前の真理を捉えること。それが我々の探求です。
Q. 釉薬を「五千年の記憶」と呼ぶ理由は?
A. 炎と鉱物による「情報のバックアップ」。
絵付けは「人が描く物語」ですが、釉薬は「地球が描く理性」です。五千年前の人々が宝石に永遠を見出したように、我々もまた、炎を介して鉱物を宝石(耀変)へと変貌させることで、人類が渇望し続けてきた「不滅の美」を登記し続けています。
Q. その視点を知ることで、作品はどう変わりますか?
A. 空間の「解像度」が変容します。
お手元の器は、四百年の技で造られた「道具」であると同時に、五千年の文明を横断してきた「情報の集積体」です。それが空間に鎮座することで、貴方の日常は、人類史という壮大な叙事詩の一部へと接続される。私たちは、その「精神のシェルター」を提供しています。

