【哲学の登記】歴史的正典への敬意と、深淵の理

公募展という権威。
それは、先人たちが心血を注ぎ、日本の美の様式を完結させた偉大な「歴史的正典」でございます。

その揺るぎない規範の重みと、美を後世へ継承する尊い働きに対し、我々は最大限の敬意を払うものであります。

偉大な先人たちが、人間の到達しうる美の基準を歴史に固定してくださったからこそ。
真右エ門窯は、一つの実務に専念することができます。

それは、人間の目で評価され、順位付けされる完成された文化圏から静かに離れ、芸術の精神が最も自由であるべき「空白」の領土へ向かうことでございます。

人間の尺度や相対的な評価体系は、文化の発展において極めて尊いものです。

一方で、我々が対峙する窯変という「猛火の規律」は、人間の作為や評価という定規を物理的に受け付けません。

極限の炎がもたらす不可逆の記録。

太古から続く「石の理性」の前では、人間が優劣を介入させる余地そのものが消失いたします。

偉大なる歴史の定規で、制御不能な自然の深淵を測ろうとすることは、かえって尊い正典への無礼となりましょう。
ゆえに我々は、自らの作為を誇示し、人間の評価を求める領域から静かに退く道を選びました。

我々が一切の作為を排し、身を委ねるのは、滅びと再生をもたらす深淵の理(ことわり)のみ。

尊い権威が、過去の美の規範を守り抜く。
だからこそ我々は、現代のノイズを遮断し、脳に「審美的鎮静」をもたらす精神のインフラとして、ただそこに在り続けるのです。

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