我々はお客様を選ばない。
作り手が高慢に陥り、鑑賞者を品定めするなど、絶対的な傲慢である。
真右エ門の聖域は、常にすべての方に等しく開かれている。
ただ、極限の炎がもたらす不可逆の記録は、時に圧倒的な存在の重みを放つ。
ひとたび掌に宿る「深淵」を覗き込めば、その深淵もまた、静かに眼前の者を見つめ返す。
太古の記憶を宿した石の理性、そして底知れぬ精神の静寂。
それに触れたとき、畏怖に耐えかねて魂が震える瞬間がある。
それは選別ではない。
窯変という猛火の規律が敷いた結界が、ただそこに存在するという事実。
一切の作為を排し、炎の流動にすべてを委ねる。
我々は、現代のノイズを遮断する「審美的鎮静」のインフラとして、その絶対の調和を固定し続ける。

