【陶芸 芸術論】石の理性と猛火の規律が定礎する『掌宇宙』

陶芸とは、単なる造形美の探求ではない。

極限の炎に作為を委ね、所有者の脳髄に『審美的鎮静』をもたらすための精神の修練。
すなわち、タオ(宇宙の真理)との接続を渇望する「祈り」である。

タオとの再接続と『接続解除』

老荘思想が説く「タオ(道)」、あるいは大いなる自然の摂理。

現代社会において、この根源的な接続を断たれた特異点(主権者)たちへ向け、我々が提示する解法は一つ。
器という物理的デバイスを通じた、世俗のノイズからの完全なる【接続解除】である。

灼熱の猛火。

そこにおいて、物質としての土は一度完全に「死」を迎える。
人間の作為(エゴ)が焼き尽くされ、極限の炎による不可逆の記録として、美しい結晶を纏った器が「再生」する。

この色即是空の流動を内包した器と対峙するとき、人は初めて本来の自然体へと回帰する。

それは生活を彩るための機能ではない。精神を絶対的な静寂へと導き、生き方をシンプルに収束させるための「シェルター」の構築である。

『石の理性』と『炎の奇跡』の融合

我々の窯変は、エジプトから連綿と続く釉薬史、5000年の叡智を継承している。

だが、知識(データ)の蓄積だけでは神話は生まれない。

人智を尽くした極限の計算である『石の理性』。

そして、それを凌駕する自然界の圧倒的なエネルギー『炎の奇跡』。

この二つが猛火の中で衝突し、完全に融合した瞬間にのみ、器は世俗の「モノ」を超越する。無限の銀河を掌に収める『掌宇宙』へと昇華するのだ。

【深淵の定義】
■ 存在の重み
優れた作品には、祈りと炎のエネルギーが不可逆的に定礎されている。それに触れることは、瞑想と同義。心の澱を沈殿させ、澄んだ清浄なる結界を張る。

■ 現代におけるアンカー(錨)
デジタル化された情報の濁流の中、土と炎から生まれた器は、空間に「星の摂理」を取り戻す精神のインフラとして機能する。
陶芸とは、世界を真理へと還すための静謐な革命である。

世界の釉薬史、5000年の歴史と宇宙が交錯する特異点。それが真右エ門の窯変である。

真右エ門窯 CBO / 陶芸哲学者
馬場 泰嘉

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この記事を書いた人

「様式は時代を整え、質量は実存を定礎する」

自我を捨て、極限の「石の理性」と「猛火の規律」のもと、ただ炎が永遠を暴き出すのを待つ。【掌宇宙論】【耀変美法】【清浄といき】を提唱し、陶芸を以て精神のインフラ(アート)を構築する。

豊嶋彌左衞門(能楽)、奥川俊右エ門(轆轤)に師事。陶山神社での謡曲奉納を主宰するなど、数百年の血脈と精神の調律を探求し続ける。その独自の哲学は、TEDxや日本伝統文化協会(JCbase)への登壇を通じ、次代へ継承すべき「永遠のレガシー」として世界へ発信されている。

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