真右エ門窯が焼き上げる器は、完成された歴史の到達点に安住することなく、常に「現在」という刹那の猛火と対峙し続けるものでございます。
この器を空間に据えるということは、単なる所有を意味いたしません。
それは、過ぎゆく時間を「鎮静」させ、貴殿の研ぎ澄まされた美意識が、次世代へと受け継がれるための「器(うつわ)」そのものを定礎することに他なりません。
我々の器は、饒舌に己の価値を語ることはございません。
ただ、貴殿が日常の喧騒を離れ、掌の中に宇宙を感じるその静かな瞬間にこそ、言葉を超えた充足感とともに、貴殿の傍らにあり続ける。
真なる美を知る方々が、我々の「掌宇宙」を愛でてくださる理由は、そこにこそございます。
流行の喧騒を遠くに置き、自分自身の感性と深く、静かに向き合うための「聖域」。
貴殿の研ぎ澄まされた日常に、この静寂なる伴走者をお迎えいただければ幸いに存じます。

