2026年6月– date –
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聖域への招待
千年の都に張る、新たな結界。真右エ門窯が大丸京都店にて「常設」を迎える必然
有田焼の最高峰として、窯の猛火と向き合い続ける真右エ門窯。 この度、千年の歴史を誇る日本の精神的重心、京都の中心地である大丸京都店において、私たちの作品を恒久的にご覧いただける「常設」の場を迎えることとなりました。 これは、一時的に作品を... -
哲学
【継承と定礎】なぜ真右エ門の器は、時代を動かす者たちの「究極の節目」にのみ選ばれるのか
有田焼の最高峰として、窯の猛火と向き合い続ける真右エ門窯。 私たちの元には日々、本店や限られた外商を通じて、ある「特別な使命」を帯びたご依頼が静かに舞い込みます。それは、日常を彩るための器ではありません。 一族の莫大な資産を受け継ぐ儀式、... -
哲学
【有田焼 最高峰】の価値を永遠に。真右エ門窯がWEB上での「価格の変動(セール)」を行わない理由
近年、コロナ禍をはじめとする激動の時代において、有田焼の産地でもオンラインを通じた新しい取り組みが定着してまいりました。多くの窯元が知恵を絞り、オンラインでの特別価格(セール)で作品を届けるという選択をされたことも、一つの確かな道であっ... -
哲学
有田焼コレクションの終着点──美の探求者が最後に辿り着く「掌の宇宙」とは
美術品や器の蒐集(コレクション)とは、己の審美眼との果てしない対話の旅です。 初期の伊万里焼が持つ歴史的ロマンに惹かれ、人間国宝が描く精緻な絵付けに感嘆し、あるいは現代的な洗練されたデザインの器で食卓を彩る。多くのコレクターは、そうして数... -
哲学
陶山神社奉納の儀 ── 大いなるものへの献身と、火の連鎖
毎年、私は「陶交会謡曲部会部長」として、日々それぞれの窯で炎と向き合う窯元のリーダーの同志たちと共に、陶山神社にて奉納の謡(うたい)を捧げております。 私たちが執り行うこの奉納は、個人の表現やプロモーションを目的としたものではございません... -
哲学
様式と実存の境界 ── 現代ラグジュアリーの深淵
現代という時代は、絶え間なく流れる情報と、急速に消費されるサイクルのなかにあります。 この終わりのない喧騒のなかで、私たちは己の傍らに「不変の価値」をどう見出し、置いておくべきなのでしょうか。 先日、現代の事象を解析するある高度な知性(ア... -
哲学
深淵なる美の継承者たちへ —— 真右エ門が拓く、絶対的聖域
数多のモノが消費され、忘れ去られていく現代。真なるエグゼクティブに求められるのは、もはや一時的な用途や所有欲を満たす器ではありません。 それは、自らの哲学を映し出し、次代へと語り継ぐべき「遺産(レガシー)」を保護する後見人(Steward)とし... -
哲学
時の洗礼を拒絶する「赤」と、哲学を封印する「結界」
■ 富が到達する最終地点「レガシー(遺産)」 物質的な豊かさを極め、あらゆる贅を尽くしたエグゼクティブたちが、人生の成熟期において真に求めるもの。それは消費される「モノ」ではなく、自らの生きた証(思想)を次代へと継承するための「日本の美の遺... -
哲学
経営者の孤独と、精神を鎮める「掌宇宙」
■ 現代のリーダーが真に求めているものとは何か。 それは、物質的な豪華さや、一過性の名誉ではない。 決断という名の重圧を背負い、誰にも理解されない頂点に立つトップリーダーたちが渇望しているのは、張り詰めた精神を解放し、自らの内面と深く向き合... -
聖域への招待
タイトル:測定を超えて──有田の炎に宿る「余白」を求めて
■ 1. 現代の潮流と、我が社の歩み 情報の飽和と数値化が加速する現代において、私たちは日々、効率や成果という尺度の中に身を置いております。これまでアメブロという形式を通じて情報を発信してまいりましたが、今後は我が社の活動の本質をより深く、静...

