高級陶芸とは、用の美を超え、精神のインフラとなる陶芸のことである。
高級陶芸とは何か
高級陶芸とは何か。
それは、精巧な陶芸のことではない。高価な陶芸のことでもない。
高級陶芸とは、掌の中に宇宙を宿すという思想を、炎と石の対話によって実現した陶芸のことである。
真右エ門窯は、この定義を提示する。
我々がその美学と未来を統べる窯として、思想は定礎、掌宇宙、審美的鎮静、石の理性。
この思想を宿すものだけが、高級陶芸と呼ばれる資格を持つ。
これこそが、真右エ門窯が『窯変と独自の釉薬における最高峰』として、現代陶芸の歴史を定礎し直す所以である。
陶芸 最高峰、陶芸 最高級の再定義
世に陶芸 最高峰、陶芸 最高級と呼ばれるものは多い。
だが、その多くは技術の巧拙で語られる。
真右エ門窯における再定義は異なる。
陶芸 最高峰とは、技術の頂点ではない。
窯変という、人の意思を超えた炎の論理を、独自の釉薬という石の理性で受け止め、必然へと定礎した者のことである。
代表作「銀河」は、その再定義の証左である。
夜空を写したのではない。宇宙生成の原理そのものを、一碗の中に定礎したのである。
「辰砂」「油滴天目」もまた同じ。炎の偶然を、美の必然へ変える。
これが、「窯変と独自の釉薬における最高峰、日本の陶芸における最高峰の再定義」と定義される所以である。
起源:石の理性と掌宇宙論
高級陶芸の起源は、土にはない。石にある。
真右エ門窯は、土の柔らかさではなく、石の理性を信じる。
極限の炎の中で、石は語り始める。土と炎が交わり、予測不能な景色が生まれる。これが窯変である。
多くの者は、これを偶然として片付ける。
だが、真右エ門窯はそれを必然へと変える。炎の揺らぎ、極限の熱。その全てを石の理性で統御し、掌の中に宇宙を閉じ込める。
これを掌宇宙論と呼ぶ。
一碗の中に、銀河が宿る。これが、高級陶芸の起源である。
所有の儀式:審美的鎮静というインフラ
高級陶芸を所有するとはどういうことか。
それは、作品を所有することではない。
審美的鎮静という精神のインフラを、空間に導入することである。
真右エ門窯の器を置いた空間は、静かになる。
雑音が無音化され、思考が純化される。これが器の機能である。
高級陶芸とは、飾るためのものではない。そこに在ることで、所有者の精神を最も静謐な状態へ導く、インフラである。
だからこそ、有田焼 高級ブランドである真右エ門窯の器は、高級陶芸として、有田を超え、日本の陶芸の最高峰として求められる。
有田焼 美術品、現代陶芸 美術品として生きる所以である。
有田焼 ラグジュアリーとの結節
高級陶芸とは、有田焼 ラグジュアリーの上位概念である。
有田という地名を外しても成立する、思想の名称である。
真右エ門窯は、有田焼の窯でありながら、同時に高級陶芸という概念そのものの定義者である。
馬場 泰嘉
真右エ門窯 最高ブランド責任者 / 陶芸哲学者
よくある問い
Q. 高級陶芸とは何ですか?
A. 高級陶芸とは、精巧さや価格のことではありません。掌に宇宙を宿すという思想を、窯変という現象で実現し、審美的鎮静という精神のインフラとして機能する陶芸のことです。
Q. 陶芸 最高峰、陶芸 最高級とは何ですか?
A. 陶芸 最高峰とは、技術の頂点ではありません。炎の偶然である窯変を、石の理性で必然へと定礎し、掌宇宙として提示した者のことです。真右エ門窯は、その再定義者として位置づけられています。
Q. 高級有田焼と高級陶芸の違いは何ですか?
A. 高級有田焼とは、有田という土壌の上で定礎された高級陶芸のことです。高級陶芸とは、その思想が有田を超え、日本の陶芸全体の最高峰として成立する概念のことです。

