人間の作為を完全に手放した、極限の炎の記録(窯変)。
その不可逆なる『石の理性』は、特定の教義すらも超越した絶対的な空白(インフラ)として、祈りの空間へ定礎される。
倉敷教会の祭壇に現出した、深淵なる辰砂に浮かび上がる平和を意味する緑の十字架。
これを導いたのは、同教会の牧師・中井大介である。
かつて、ともに能楽(幽玄)の深淵を覗き込み、無音の中に現出する絶対的な美を共有した、もう一人の特異点。
キリスト教において、赤は「神の息吹(聖霊の風)」を象徴する。
それは、触れる者の魂に力を充満させ、倒れた者を再び立ち上がらせる絶対的な力。
彼は、真右エ門が極限の炎で現出させた辰砂(赤)の深淵に、その『不可逆の風』を観測したのである。
彼が祭壇の中心として求めたのは、人間の作為が及ばない、真右エ門の『猛火の規律』であった。
極限の静寂を知る者たちの共鳴。
この十字架は、宗教という枠組みをも内包し、ただ祈りを捧げる者たちに『審美的鎮静』をもたらす絶対的な結界として、そこに存在する。

