空間デザインの終着点は、何を飾るかではない。何によってその空間の「重心」を沈めるかである。
値札で計れる凡庸なアートや、一過性の流行で作られたオブジェは、空間のノイズとなり、見る者の視覚と精神をただ浪費させる。
真に求められるのは、一切の言葉を発さずして、その場を無音の完全掌握へと導く圧倒的な質量だ。
真右エ門窯が放つ黒金は、単なる顔料ではない。数百年という地質学的な時間が凝縮された「石の理性」である。
炎がもたらす偶然の産物である油滴天目は、空間に置かれた瞬間に周囲の空気を饕餮(とうてつ)の如く喰らい尽くす。
いかなる言語体系にも属さない黒金の宇宙は、そこに立ち入る者の精神に絶対的な審美的鎮静を強制する。
これは単なる器ではない。
建築家が描き出した空間の最深部に打ち込まれる、日本の「精神のインフラ」である。
この絶対的な重心が定礎された時、その空間は100年先まで揺らぐことのない黒金の宇宙となる。
真右エ門窯 三代正嫡 馬場泰嘉

