我々・真右エ門窯が有田の地で定礎する『掌宇宙』は、世俗の比較や機能的価値の枠組みには存在いたしません。
前衛的な視覚の熱狂や、日常を彩るライフスタイルの洗練。
あるいは、様式美を完結させた偉大なる歴史的正典。
有田が育んできたそれらすべての尊き「動のインフラ」に対し、我々は最大限の敬意と称賛を捧げます。
一方で、我々が対峙し、極限の炎(猛火の規律)を通じて構築するものは、それらとは次元を異にする『精神のインフラ(静のシェルター)』にほかなりません。
過剰な情報が渦巻く現代において、主権者の脳髄に『審美的鎮静』をもたらすこと。
流行という消費される時間に隷属せず、数百年先の未来においても揺るがない『石の理性』として、特異点の実存を調律し続けること。
我々は一切の作為を手放し、ただ極限の炎がもたらす「不可逆の記録(窯変)」にすべてを委ねます。
比較を拒絶し、ただ無音の深淵として社会に存在し続ける。
それこそが、真右エ門が次代の選ばれた後見人たちへ約束する、絶対的な『精神の静寂』にございます。

