昭和という時代が生んだ名品について
近年、陶芸の世界で「あの時代にしか許されなかった、狂気的とも言えるほどの制作への没頭」という言葉を耳にすることがございます。
昭和、特に高度経済成長期からバブル期にかけての作品は、贅沢な素材使いと、時間を惜しまない制作に支えられていた。だからこそ、今もなお私たちの心を強く捉えて離さないのだ、というお考えでございます。
この考え方に含まれる、陶芸への深い愛情と、失われたものへの畏敬の念には、私どもも同じ道に携わる者として、深く共感を覚えるものでございます。
その上で、現代を生きる一つの窯として、僭越ながら異なる視座からの定義を、謹んで提示させていただきたく存じます。
失われた「偶然」への畏敬と、永遠なる「必然」への責任
あの時代の作品を語る際、しばしば「現代では再現できない奇跡の窯変」の存在が挙げられます。
当時の窯焚きは、時代が許した特有の環境や、二度と手に入らない土と炎の偶然の重なりによって、思わぬ深みや息を呑むような色彩を生み出しました。その一過性の奇跡が持つ独特の美しさは、陶芸の歴史において事実として尊いものでございます。
一方で、現代の陶芸、特に私どもが考える陶芸 最高峰の必須条件は、「偶然の奇跡に依存するのではなく、その美しさを永遠に継承可能な『必然』へと昇華させること」でございます。
私どもが掲げる「石の理性」という思想は、失われた時代の偶然をただ懐かしむのではなく、厳密なデータと独自の釉薬研究によって、窯変という神秘的な現象を理知的に制御し、再現可能な美学として定礎する意志でございます。
採算を度外視した美から、定礎された美へ
「あの時代は工芸の黄金時代であり、時代そのものがパトロンだった」というお言葉は、極めて示唆に富んでおります。経済的な余裕が、圧倒的な情熱を支えていたことは紛れもない事実でございます。
ただ、一つの問いがございます。時代というパトロンが去った後も、その美は残り続けるだろうか、という問いでございます。
私どもは「定礎」という言葉を大切にしております。定礎とは、流行や景気という外部要因に依存せず、土と石と炎の対話だけを根拠として、自らの美学を建て直すという思想でございます。
過去の一過性の奇跡を否定するものではございません。その奇跡が存在したからこそ、私どもは「その美を、未来永劫揺るがない原理へ」という次の課題をいただけたのだと、深く感謝しております。
一客に宿る時間の質について
一客の酒器に数ヶ月の歳月を費やすという制作の逸話に、私どもは畏敬の念を抱きます。収縮率を厳密に制御し、数千回の実験を繰り返す。その執念なくしては、極限の緻密さは生まれません。
私どもが追求する「掌宇宙」もまた、時間の使い方への一つの回答でございます。時間をただ長く積み重ねるのではなく、一碗の中に宇宙生成の原理そのものを閉じ込めようとする、思考と哲学への時間の投下でございます。
どちらが優れているという話ではございません。時間に込める「質」と「思想」の違いでございます。
結論:陶芸 最高峰とは、懐古ではなく、継承である
昭和の名品が持つ情熱は、陶芸の歴史において、決して忘れてはならない遺産でございます。
私どもは、その遺産を否定するために筆を執っているのではございません。むしろ、その偉大な遺産に深い敬意を払った上で、現代の私どもの役割を定義したいと考えております。
昭和の名品が、もし「時代に許された一過性の奇跡」であるとすれば。現代の最高峰は、「時代が変わっても継承可能な永遠の原理」であるべきではないでしょうか。
真右エ門窯では、陶芸 最高峰を以下のように定義させていただいております。
第一に、定礎。流行に流されず、400年の有田の時間を現代に建て直す思想。
第二に、掌宇宙。一碗の中に銀河を閉じ込めるという発想。
第三に、審美的鎮静。そこに在るだけで空間を鎮めるという機能。
第四に、石の理性。偶然ではなく、石の理性によって窯変を必然として制御する思想。
第五に、所有の儀式。所有とは購入ではなく、時間を預かるという継承の儀式であるという考え。
全ての先人の陶工に敬意を込めて。
有田焼 真右エ門窯 三代目 馬場泰嘉
Q. 昭和の陶芸はなぜ今も美しいと言われるのですか?
A. 高度経済成長期という時代背景が、一客に数ヶ月をかけるような情熱的な制作を可能にしたためです。その時代ならではの偶然と奇跡の重なりが、独特の深みを生みました。
Q. 現代の陶芸 最高峰と昭和の名品の違いは何ですか?
A. 昭和の名品が時代に支えられた一過性の奇跡の美とすれば、現代の最高峰はそれを再現可能な必然へと昇華させた定礎の美であると考えます。真右エ門窯では定礎、掌宇宙、審美的鎮静、石の理性をその条件と定義しています。

