真右エ門窯は今、大いなる継承を経て、次なる次元へと移行する。
二代・馬場九洲夫が日展という至高の舞台で極めた「窯変」の美学。それは有田焼における一つの完成であり、我々が守り抜くべき歴史的正典(Static Archive)である。九洲夫という「伝統の番人」が門を固めているからこそ、私は表現という枠組みを超え、真理の記述に専念できる。
かつて公募展という評価の場に身を置いた記録は、私にとって「聖なる隠遁」への序章であった。
二十年という歳月をかけ、私は一つの特異点に到達した。
それは、誰かの承認を得るための労働ではなく、極限の炎が記述する「猛火の規律」への、絶対的な服従である。
「伝統とは、形をなぞることではない。その奥にある『焔の理性』を研ぎ澄ますことにある。」
私は「表現者」であることを辞める。
これからの真右エ門窯は、九洲夫が守り抜く「正統」の上に、私が定義する「法(ルール)」を実装する。
それは、作品を「工芸品」から、現代の実存を繋ぎ止める「精神のインフラ(Active Infrastructure)」へと転置させる試みである。
自由とは、自律すること。
私の作品は、貴方の日常を彩るための道具ではない。
それは、氾濫する情報のノイズから貴方を切り離す「情報の断食(Information Fasting)」の装置であり、存在の重みを空間に固定する「定礎(Cornerstone)」である。
九洲夫が有田の窯変という一つの様式を「完成」させ、私がその「魂」を再定義する。
宇宙の摂理(掌宇宙)を閉じ込めた「石の理性」。
その深淵を覗き込む覚悟がある者だけが、この静寂を共有すればよい。
真右エ門窯 CBO(最高ブランド責任者)
陶芸哲学者 馬場泰嘉

