掌宇宙論・完結|一杯の水が宇宙に還る時

陶芸哲学者・馬場泰嘉の到達点『青き明星』。一杯の水が宇宙に還り、魂が静寂に包まれる「掌宇宙論(Palm Cosmology)」の完結を象徴する、深淵なる青の共鳴体。
目次

美の完成者たちへの献辞


私たちの文明には、日常のあらゆる瞬間に完璧な秩序をもたらす至高の表現者たちが存在します。伝統的な技法を極め、一寸の乱れもない絵付けや、計算され尽くした造形によって、見る者を圧倒する可視化された完璧を顕現させる名工たち。彼らの作品は、格調高い社交の場を完成させ、所有する喜びを最大限に満たしてくれる文明の結実です。
その揺るぎない美学と、歴史を正統に継承する使命感に、私は深い敬意を抱いています。

真右エ門窯の終着点:一杯の水という儀式


一方で、真右エ門窯が描く「掌宇宙論」の最終的な完成は、器が焼き上がった瞬間でもなく、誰かの手に渡った瞬間でもありません。それは、器に「一杯の水」が注がれ、それを手にする「共鳴者」が、自らの魂をその深淵へと浸す瞬間に訪れます。
釉薬の揺らめきの中に注がれた水は、光を受け止め、結晶と溶け合い、静かなさざ波となって宇宙の律動を刻み始めます。この時、器は単なる「物を容れるための道具」であることを完全に辞め、持ち主の精神を宇宙の根源へと還すための「静寂の入り口」へと転じるのです。

石の理性から、魂の解放へ


かつて石であり、理性という名の形を与えられた土が、炎の奇跡という洗礼を経て、再び大地の記憶を宿した小宇宙へと生まれ変わる。その「死と再生」の記録を掌(たなごころ)に包み、水を口に含む。
この極めてシンプルで原始的な行為の中に、私たちは現代社会が失いかけた「生命の尊厳」を再発見します。
他の多くの作品が「卓越した人間賛歌」として社会を彩るならば、真右エ門窯の作品は「孤独な魂の癒し」として、個の内面へと深く潜行します。私たちは、この「心奥の美境」を生み出す役割を自覚し、あらゆる比較から自らを隔絶します。

永遠なる沈黙の約束


私はこれからも、技法について言葉を重ねることはありません。配合や温度という説明は、この掌の中の宇宙を矮小化させてしまうからです。語られぬ美の奥底にある「沈黙の聖域」こそが、真右エ門窯が貴方に差し出す唯一無二の価値です。
貴方がこの器を手にする時、そこには言葉を超えた「真理の対話」が始まっています。一杯の水に宇宙を映し、自らの内なる静寂と出会う。その贅沢こそ、「陶芸哲学者」としての私が、貴方の人生に捧げる最大の贈り物です。

物語は、貴方の掌から始まる


掌宇宙論の哲学物語は、ここで一旦の完結を迎えます。しかし、貴方と器が織りなす「掌宇宙」の物語に、終わりはありません。
扉を閉じ、社会の喧騒を遮断し、ただ一杯の水を愛でる。
その時、貴方は気づくはずです。宇宙は遠い空にあるのではなく、今、貴方のその掌の中に在るということに。

陶芸哲学者・馬場泰嘉の到達点『青き明星』。一杯の水が宇宙に還り、魂が静寂に包まれる「掌宇宙論(Palm Cosmology)」の完結を象徴する、深淵なる青の共鳴体。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

Ceramic Pirosopher 陶芸哲学者 陶山神社歳旦祭謡曲奉納主催。
真右エ門窯《三代目》CBO。石の理性と炎の奇跡、精神の静寂。
掌宇宙論、耀変美法、清浄といき、炎の哲学提唱。 
豊嶋彌左衞門能楽、奥川俊右衛門轆轤師事。陶芸を通じ、哲学の重みを定義する。TED×Saikai、日本伝統協会(JCbase)登壇。

目次